2008年07月14日

双極性障害と診断されたけど自殺未遂の繰り返し

H.18年4月から約3ヶ月入院し、退院後7月からはもとの病院に通院
することになりました。
しかし、元の病院も大きな総合病院だったため医師の転勤というものがあり、主治医は他の先生に変わっていました。この先生との相性がよくありませんでした。
診察の時にどうですか?と聞かれたので、手が振るえますと答えたら(別に、振戦を治して欲しいわけではなく、聞かれたから答えただけですが)、それは血中濃度が高いのかもしれないからリーマス減らします。と言われました。
あれだけ、慎重に血中濃度を測って600rにしたのに、簡単に300rに減らされました。それも、自分のところで血中濃度を測れるくらい大きな病院で(診療所やクリニックなどは、病院内で測定せず、外注にだすところが多いです)
リーマスに期待しすぎていた自分もあったのか、それ以来、その先生が嫌になってしまいました。
そして、10月くらいから薬も飲まないようになりました。
うつも躁もめちゃくちゃな日々がまたやってくるようになりました。
リピットサイクラーになっていきました。
リストカットも多くなりました。
でも、カミソリはただ痛いだけ。すぐに止血してしまうので、水の中ならずっと出血し続けるかと思い(バカです)洗面器に水を張ってリストカットした手首を水につけてみたり。
一番最初の時の、医療用器具でのリストカットが一番痛みもなく出血が多かったです。
リスパダールを5回分、いっきに飲んで車を運転したこともあります。このときは死にたかったわけではなかったです。
リストカットで死ねないということに気付き、その次は睡眠薬の多量内服もしました。
親へ遺書を書き、遺影の写真も選び、ロヒプノールをひたすら100錠以上飲みました。10月から薬を飲んでいなかったので、たくさん持っていました。
夜中の2時に飲み、4時には目が覚めてしまいました。
朝になって、びっくりした親に緊急外来に連れて行かれましたが時間が経っているのと、量が少なかったので点滴を1gして終わりました。
薬の本(看護師時代のもの)で調べたら100錠なんて致死量に全然足りませんでした。
そして、また1ヵ月後くらいに、次は致死量に近い量まで飲みましたが、飲んだすぐ後に偶然母が起きてきてまたみつかってしまいました。それも、まだ寝てもいないのに。
また緊急外来に連れて行かれ、「胃洗浄」という言葉が向こうのほうから聞こえてきました。鼻から胃に管を入れて、水を入れたり抜いたりして胃の中のものを出す行為です。そんなの嫌だと思い、暴れまくりました。結局、そんなに元気あるんだったら点滴で様子みようと言われました。これが、H.19年の夏でした。
もしこの頃、入浴剤を混ぜた硫化水素の自殺が流行っていたら、私は今生きていなかったかもしれません。


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